以前「海潮音」を電子書籍にした結果をのせたけれど、この本に関連して。
僕がシステム担当として勤務しているのは茅場町の小さな証券会社。この会社と契約している外務(営業)員にKさんという方がいる。もう75を過ぎている高齢の方ながら現在も現役で自分のお客を担当している。僕がPCに詳しいと思ってくれているようで、プリンタの設置など、サポート的な用事で時々ご自宅に呼ばれて、一緒に食事することがある。
Kさんの知識は多技に渡って豊富だけれど、特に本に関する話題の量では僕とはまさに隔世の感がある。それに満州生まれで激動の日本を証券業界から見てきたこともあり話題に深みがある。あと、とても元気のよい気性の女性で昔は日本舞踊、現在は社交ダンスをしている。夫(Kさん曰く、とても風変わりだった)に先立たれ一人暮らし。毎朝妹さんとお互いに”生きているかを確認する”電話を掛け合っているとのこと。
先週もちょっとした用事があったので一緒に食事し、情報交換したり本の話をしたりした。その席で僕が「縁あって吉屋信子の本を読んでいます」と言うと「あなたがねえ」と笑いながら「私も若い頃はずいぶん読んだわよ」とのこと。昔流行ったという情報はすでに持っていたけれど、Kさんの話ではドイツとかフランスの本とか詩とかが流行った頃に「けっこう流行っていた」という。「吉屋信子はあんな本を書いておきながら自分がぜんぜん綺麗じゃないって所が面白いのよ。おかっぱで、びっくりするわよ」とのこと。Wikipediaの写真(http://ja.wikipedia.org/wiki/吉屋信子)を見ると、Kさんの言いたいことも分かるけれど、そこまでとも思われない。それよりも、Wikipedia本文中にある彼女が小説を始めるきっかけとなったという言葉、
「良妻賢母となるよりも、まず一人のよい人間とならなければ困る。教育とはまずよき人間になるために学ぶことです。」(新渡戸稲造)
には僕も同感を感じた。小説「花物語」から受けた印象をKさんと「どうも貴族的な雰囲気があって、樋口一葉とまでは行かなくても、もう少し庶民よりの方が僕的には良いです」とか「たしかに上から目線よねえ、でもそういうところも含めて憧れるのよ」とか言った具合で話していたので、上の新渡戸稲造からの引用は吉屋信子の印象をだいぶ良くした。
そして、「そういうのを読むなら、ヴェルレーヌの詩もいいわよ。あれは、原作も良いのかもしれないけど、なんと言っても上田敏の訳がすばらしかったから、あそこまで流行ったのよ。ええ、秋の日の、ヴィオロンの、、、、」というあたりから、話は吉屋信子から海外の詩へ。「ワーズワースやハイネもずいぶん読んだわ」と言っていたけれど、”訳がすばらしかったから”というヴェルレーヌが印象に残った。
ネットで調べると、そのヴェルレーヌの詩は「海潮音」という上田敏訳の詩集に載っていることが分かった。日曜日に宇都宮駅周辺の本屋を3店回ったけれど、どこも置いていない。別の用事で青空文庫の著者一覧を眺めていると上田敏の名前があり、同書も掲載されていたので、今回のEPUB書籍の作成に至った次第。他にも、「西行の時雨西行もいいわよ」と言われたのだけれどこちらはどうも特定の書籍に載っているような種類のものでは無いらしいので入手が難航中。