読書

「赤い高粱」(莫言)

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「赤い高粱」(莫言)

2012年ノーベル文学賞を受賞した莫言(ばくげん)の代表作。反日的な描写があるとのことで身構えて読んだけれど、実際には国民党軍とのいがみ合いや、盗賊同士の殺し合いなど様々個所でリアルな暴力表現があり、特に反日ばかりの小説では無い。 (さらに…)

「コーパスとテキストマイニング」(石田基広・金明哲編著)

「コーパスとテキストマイニング」(石田基広・金明哲編著,共立出版,2012)

統計ソフトRに関する書籍を多数執筆している石田氏、金氏によるテキストマイニングの事例集。

金融、医学、社会学、宗教学など、幅広い分野でのテキストマイニングの使われ方を多数の事例をもとに紹介しています。
金融の項では膨大なツイッターの記事から将来のダウ平均株価を予測する研究を紹介し、社会心理学の項ではYahoo!知恵袋の利用者に対して行った自由記述のアンケートを分析して男女および利用頻度の違いによる語彙の違いなどから利用者心理を分析しています。
もとの論文を噛み砕いて紹介し、難しい部分には多数の補足が入っているため初学者にとっても理解しやすい書籍です。

「UNIXの1/4世紀」(ピーター・H・サルス)


表紙画像はAmazon.co.jpへのリンクです。

UNIXの歴史を当事者の言葉を交えて解説する名著。

この本はUNIXの歴史を当事者本人の言葉を交えて詳細に物語ったものです。UNIXの歴史に関する文章はウェブページやいろいろなPC関係の書籍で読むことができますし、UNIXやLinusなどに関心のある方なら、だいたいある程度のドラマを頭の中に描き出せることと思います。けれど、初めはUNICSと呼ばれていたそのシステムのファイルシステム実装のマニュアル作成に関して、ミーティングの回数をケン・トンプソンが「大体一度か二度だった」と回想している事を教えてくれるようなマニアックな記述は、この本以外には無いように思います。

BSD、ひいてはFreeBSDの足を引っ張って(当時の)Linuxに遅れをとらせたとされているUSL裁判の経緯。後に評判を落としたSCOが、かつてはどのようにUNIX文化に関わっていたのか。などなど、普通の入門書には載っていないような事柄が、はっきりとした情報源の記載とともに満載されています。

「タイプ論」(C.G.ユング)


表紙画像はAmazon.co.jpへのリンクです。

人の性格について、内向的・外向的という区分けを提唱した、ユング心理学における重要な書籍の一つ。

類型論自体は古来よりさまざまなものが考案されており、それらの中には内向・外向の雰囲気を表しているものも存在します。ユングによるタイプ論の特徴は、この2タイプに極性があると仮定し、類型の根本的なものとして無意識の構造とあわせて考察した点です。極性があるというのは、例えば南極と北極のように片方に近づくともう片方からは遠ざかるということ。

ユングに対する多くの批判の通り、このタイプ論も科学的な論文にはなっていません。「私の経験によれば、、、」とか「アポロンとディオニュソスを比べると、、、」などの言葉から次々と概念を引き出して行く論法はとても科学的とは言えませんが、そういった方法論にも説得力を認めている点もユングの人間理解の一つと考えられます。

読書メモ「道は開ける」(カーネギー)

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読みながら傍線を引いた個所の一覧です。
この本は他所からの引用句が多いのですが、引用元の紹介は省いています。

傍線リスト

”もし君が人に何かを教えようとするなら、彼は決して学ぼうとしないだろう・・・知識は活用されて初めて心に残るのである”(p.20)

”明日の準備をする最良の手段は、諸君の全知全能を傾け、あらゆる情熱を注ぎ、今日の仕事を今日中に仕上げることである”(p.27) (さらに…)

「苦役列車」(西村堅太)

苦役列車(西村賢太)

文芸春秋の3月号に掲載されていたので読んでみた。独特な文章が優れているか否かは判断できないけれど、ストーリーやテーマの点から見れば、まだ一回しか読んでいないけれどあまり趣味に合う作品では無かった。小林多喜二の蟹工船を読んだときにも感じたことだけれど、土方であれ派遣であれ環境は上の2冊に劣らず劣悪だったとしても、だからといってそこで働いている人たちの人間性が劣悪か否かはまた別の問題のように感じる。労働への適正というか嗜好は人それぞれであり、もちろん就労へのさまざまな精神的・環境的な障壁もあるけれど、そこで人間が働いている以上そこには様々な人生があり、それなりに過酷な事やそうでない事がないまぜになった現実が存在しているように思う。つまりは本作はすこし汚い部分を極端に描く傾向があり、性的描写を露骨にして売り込んでいる作家から感じる処世術的な不愉快さに似た印象を受けてしまう。

そう遠くない過去に日雇いの港湾労働に従事していた者の日常を映したドキュメンタリー的な作品として読んだ場合には、それなりに意味深い作品だと思う。

「花物語」(吉屋信子)(途中)

前に少し触れた吉屋信子の「花物語」の下巻を読んでいるところだけれど、その中に”黄薔薇”という話が入っている。相手への思いが昂じて「一緒にアメリカの大学へ留学しましょう」と約束するあたりは吉屋信子の価値観が表れているようで面白い。結局は片方が両親の強制によって結婚することになり二人の夢は実現しないのだけれど、そこでもその両親を「結婚をもって唯一の女性の最後の冠とのみ思い詰めている親・・・」と批判して当時の価値観を秀逸に表現している。

「沈黙」(遠藤周作)

題名:沈黙
著者:遠藤周作
発行所:(株)新潮社
タイプ:新潮文庫 え 1 15

神の沈黙に対する疑問を描いた宗教色の強い作品

江戸時代、ポルトガル人司祭の主人公ロドリゴは日本での布教と師の安否確認のため、あえてキリシタン禁制の日本に上陸する。日本信者の信仰のあり方に驚きや戸惑いを感じつつも活動を開始したロドリゴは、やがて役人に捉えられ、彼の信仰と命を掛けた取り調べが始まる。

登場人物の言葉遣いが古く、慣れるまで戸惑います。イエスは自分を売ったユダの事をどう感じていたのか、日本信者の信仰の形は正しいのか、殉教とは、禁制の日本で布教することが日本の人々にとって良いことなのか、多くの難題を突きつけてくる重い作品です。

「海辺のカフカ」(村上春樹)

題名:海辺のカフカ
著者:村上春樹
発行所:(株)新潮社
タイプ:新潮文庫 む 5 24

僕の両親は離婚した。母は姉だけをつれて出ていった。僕は誰からも愛されていない。そう考えて生きてきた主人公は15歳の誕生日に家出をして東京を後にする。一方、猫と話のできる老人のナカタさんは依頼された猫探しを進めていたが、ようやく手がかりを掴んだ時、恐ろしい事件に巻き込まれてゆく。二つの物語は運命に導かれ、一つの場所を目指し動いてゆく。

主人公は父親から受けた「おまえはいつか父親を殺し、母と姉と交わるだろう」という言葉に意識を翻弄されながら物語を進めます。このテーマはギリシア神話のオイディプス王の話と共通したもので、オイディプス王の受けた神託には「姉と交わる」という要素がありませんが、後の「オイディプス王とアンティゴネー」に続く、自らの両目を失明させて野をさまようオイディプス王と、彼を献身的に助ける娘のアンティゴネーとの親愛的な関係から、二人目の母親というイメージの一端を窺うことができ、この作品との共通点を見る事ができます。

オイディプス・コンプレックスは、心理学者フロイトによる汎性欲説の基礎概念から生まれた言葉ですが、これは幼少期の満たされることのない性欲が人の精神的エネルギーの根源であるとする彼の考え方に繋がっています。主体が女性の場合は若干形をかえてエレクトラ・コンプレックスと呼ばれています。この小説の特徴というか、一風変わっている点は、テーマがこのオイディプス・コンプレックスの克服にあるというよりも、その完遂にあるように思われる点です。普通は満たされることのない欲求の存在を認めてこれを克服し、別の有意義な欲求へと昇華させることで人は成長すると考えるのがフロイト派の精神分析における成長の一般的なプロセスですが、この欲求の源泉を積極的に成就させた場合、精神エネルギーはどうなるのだろうかという疑問を持ちながら読む事ができます。

また、作品に現れる二人目の母というイメージもフロイトにより主張されているもので、実母と早い時期に引き離されると特に現われやすいと考えられています。こちらは実母イメージからの転換であるとされていて、絵画「聖アンナと聖母子」(子供と二人の母性的な女性が描かれた、レオナルド・ダビンチの作品)に対するフロイトの考察などでクローズアップされています。

この作品はある種の人々にとっての現実と希望を、メタファーを通して表現するという難事業に挑戦し、それをかなりの完成度で成し遂げています。けれどその作業にあたり、著者の内に働いていたであろう意識のベクトルは、この難事業の完遂であってそのモチーフとしての登場人物たちが抱えている問題の解決には向いていないような印象を受けます。つまり、登場人物たちの悩みや逡巡がファッションやポーズとして感じられてしまいます。このため、主人公が抱える悩みに共感しながら作品を読み進めることでその解決が出来るかもしれないと思って読むと期待はずれの結果になってしまうかもしれません。もちろん、あくまでも僕の個人的な印象ですが。

「うたかた・サンクチュアリ」(吉本ばなな)

題名:うたかた・サンクチュアリ
著者:吉本ばなな
発行所:(株)福武書店
タイプ:福武文庫 よ0402

「キッチン」で有名な吉本ばななの第二作目。

内縁の父を追って母親がネパールへ旅立ち、一人になった主人公の鳥海人魚(とりうみ・にんぎょ)は、母親の違う兄、かもしれない高田嵐と町で偶然に出会う。二人は互いの境遇を思い合ううちに、次第に親しくなってゆくけれど。

初めのうちは少し沈んだ印象が強いですが、だんだんと明るい雰囲気になってゆきます。両親の印象も初めはあまりぱっとしないのですが、こちらもだんだんと魅力的になってゆきます。全体的に、読んでいて元気になってくるような作品です。

精神的に調子が悪いとき、そんな気分から抜け出すための方法はいくつもありますが、本を読んで元気になろうというのもその一つだと思います。そして、この方法にもまた幾つか種類があるということをこの本を読んでいて思いました。その一つは、なるべく自分が同調できる作家の作品を読み、共感することで自分のような感覚をもっている人間が他にも居ることを確認して安心する方法。もう一つは月のように新鮮な光を放つ作品を読んで明るい雰囲気を獲得する方法で、この「うたかた」は手放しで明るい作品ではありませんが後者のような魅力を持っているように思いました。

実のところ、このレビューは読了後2週間くらい経ってから書いた物で、今この本をパラパラ読み返してみても、どのあたりからこのような印象が出てきたのか、はっきりと思い出せないのですが、当時の雑想ノートに「うたかた」というタイトルで上の内容の文章が書いてあるので、読んでいるうちに、どこかでそういう気分になるのだと思います。作中のお父さんのキャラクター性のためかもしれません。

上記の他にも、ヘミングウェイのように圧倒的に力強い作品を読んで影響を受けるという方法や、ジュール・ベルヌの作品や多くの推理小説のような知的に小気味よい作品を読むという方法もまた、選択肢に入るかもしれません。もちろん、本をよむ目的が、上のものだけだとは考えませんが。

「うたかた」の他に「サンクチュアリ」という作品も収録されています。

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