「魅せられたる魂」(ロマン・ロラン著)より

母性について。

このテーマについては何回かに分けて書こうと思っているけれど、今回のモチーフは”魅せられたる魂”(ロマンロラン著)に登場するアンネット・リビエール。

この作品を知っている読者であればアンネットという女性が母性というテーマを語るには不向きであるということを考えると思う。それは彼女の一生があまりに家庭的ではなく、特に日本人の持つ母親像からはかけ離れているというところから来る疑問だろう。

確かにアンネットは家庭というものをついに持たなかった。家を守るとか子供を慈しむとか、当然ながら料理に秀でているとか、そういう雰囲気とはかけ離れた女性として描かれている。しかし彼女はマルクの母だった。

なぜか。

その理由の一つは彼女の息子であるマルクがあまりに彼女の息子として、彼女自身を受け継いでいたことにある。

親と子供という存在を考える時、もっとも大切なものは、何を受け継ぎ何を拒絶したかということでは無いかと思う。

生活を共にし、扶養され、さまざまな指導を受けたとしても、必然的なつながりを何ら感じさせない組み合わせに家族としての性質があるかは疑問である。外見的に家族の体裁を採っていながら、その関係が人間同士のものとは思えず、ある意味では道具的であり、またある意味では役割を遂行するだけの互いの人生が並進しているだけの存在同士。そんな所から母性や父性を考えることが可能なのだろうかと思う。

アンネットとマルクの性質について、作中では血にその根拠を求めた部分があったけれど、この作品全体から感じるのはそれだけではなく、その女性がアンネットだったからこそマルクがあのような青年に育ったのだという統一のとれた、人を納得させる何かがあった。その何かこそ、アンネットの持っていた母親としての性質ではなかったかと思う。

アンネットの性質をあげていくなら、激しさや誠実さ、凡庸な言い方をすれば真っすぐな性格などだろうか。ただそんな目録を作ってみてもしょうがない。それは特定の性質や特定の状況に依存したものではないように思う。

問題の提起だけで申し訳ないけれど、今回はここまで。

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作家について, 徒然, 母性について
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