フランツ・カフカ著
高橋義考訳
ある朝、グレーゴル・ザムザが目を覚ますと、自分が巨大な蜘蛛になっている。
「これはいったいどうしたことだ」
そう考えるグレーゴルだが、この恐ろしい事実は程なく家族に知られてしまう。彼は家族の飼育のもとに日々を送ることになるのだが、、、
何の説明もなく、ただ唐突にグレーゴルは巨大な蜘蛛となって生活することを強いられます。初めは驚く彼ですが、徐々にそのことを受け入れていきます。旅先で珍事に巻き込まれた旅人のように、自分の身の上についてあれこれと思案します。恐れ驚愕する周囲の感情と、どこかのんきにマイペースな彼の思考との間にあるズレが時として悲しく感じられる作品です。
自分が存在することに意味のないことを嘆いた物語はいくつもありますが、これほどに自分を疎まれた存在として扱うものは少ないと思います。家族にとって彼の存在は、ただただ、おぞましくて不愉快なものですが、彼は人としての感性を持って事態を受け止め、なるべく家族に迷惑がかからないように精一杯配慮しながら、自室で飼育される日々を送ります。物語の設定からは暗たんとした雰囲気が漂う作品ですが、両親や妹に気を使うグレーゴルの人柄がどこか明るく素直なので、全体として暗い印象が押さえられた作品になっています。この点に、この作品の素晴らしさがあるように感じました。
村上春樹が気に入っていたカフカの作品ということで手に取った小説です。非現実的な事柄をごく自然に扱っている点など、たしかに漂う雰囲気に共通したものを感じました。